普段はウルトラマンをそんなに見ていない僕の妹が、『シン・ウルトラマン』の感想をLINEでわざわざ送ってきてくれましてね。
僕も「おっ、ついに見たか」と思い、嬉しくなってスマホの画面を開くとその第一声が、
「あの飛んでるポーズのウルトラマンのフィギュアが売ってないのはおかしいだろ!」
だったという話(笑)。
妹の感想……というか苦情に大笑いしつつ、これがいわゆる「一般層」の視点というやつかと考えさせられるところもあり。僕ら特撮オタクにとってはそこまで違和感のある形ではない、既に見慣れたあの飛び人形が、ウルトラマンを知らない人間にとっては特別魅力的に見えたりもするんだな、と。
僕は『シン・ウルトラマン』を鑑賞した直後に書いた記事で、オタクにしか分からないであろう小ネタの数々が、この映画に「一見さんお断り」の空気をまとわせていないかという懸念について言及しました。
映画そのものは一般層も巻き込んでヒットしていることから、その懸念はもうある程度解消されているのですが、やはり飛び人形のままクルクル回転してガボラに蹴りを入れるウルトラマンが元ネタを知らない人には一体どう見えていたのだろうという興味は未だにあったりします。
撮影の手法はCGなんだからもっとスタイリッシュな演出はいくらでも出来たはずなのに、そのCGを使って敢えてあの「飛び人形」でいくというオタクの狂ったこだわり。少なくとも、僕の妹の目にはそれがシュールで面白く映ったようです。
“妥協点”としての飛び人形
ウルトラシリーズにおいて、ウルトラマンが飛び去っていくシーンに実際に飛び人形が使われていたのは、2006年の『ウルトラマンメビウス』が最後だった記憶しています。
現行のニュージェネレーションシリーズでは、ウルトラマンが飛び去るシーンはCGや合成で処理されるようになっていますし、そこに違和感を持っているファンの方もあまりいない印象です。
飛び人形を使うと、やはり「人形を糸で吊って飛ばしている」空気感からどうしても脱皮出来ない部分がある。簡単に言うと、「チャチ」な印象を与えやすい映像になってしまいます。
『シン・ウルトラマン』で「ウルトラマンの飛び人形風CG」が多用されていたのは、紛れもなく初代の『ウルトラマン』へのオマージュを込めた演出のひとつでしょう。
両腕を真っ直ぐ前に伸ばした初代マンの飛行ポーズは、銀色のボディと赤いラインが流れるように映えてとても美しい。僕も映画館で「おっ」と嬉しくなったタチです。
しかし、例えば今のようにCGを駆使してウルトラマンの自由な飛行ポーズの映像化が可能となると、飛び人形の存在理由は一気に損なわれます。
つまり、ウルトラシリーズにおける飛び人形は、撮影の手法や技術の限界から導き出された言わば “妥協点” なんですよね。とっくの昔に、飛び人形はウルトラマンの飛行シーンを撮る際の最適解ではなくなっているのです。
だから現行のウルトラシリーズで既に飛び人形は使われていないし、『シン・ウルトラマン』でわざわざ飛び人形ポーズのウルトラマンをCGで再現したことが「オタクのこだわり」と表現されてしまう。
『ウルトラマン』への視点の変化
ただ僕は、『シン・ウルトラマン』の飛び人形演出が「オタクのこだわりを披露する」以上の効果をウルトラマンというキャラクターにもたらしていると思っています。そこには原点への深すぎる愛がある。
そのシュールな絵面によって、一般的には正義のヒーローとして認識されているウルトラマンを「人ならざるもの」へ回帰させる役割を果たしていたこと。それともう一つ、「『シン・ウルトラマン』を見た後の初代『ウルトラマン』の見え方」。これが明確に変化したことですね。
『ウルトラマン』の飛び人形を使って撮影されたシーンの全てが、もう「そういうもの」にしか見えなくなっている。1966年の技術の限界から導き出された妥協点だったはずの飛び人形が、ウルトラマンというキャラクターを構成する上でもはや外すことのできない絶対的な個性へと昇華しているように、僕には思えたのです。
だから、『ウルトラマン』で飛行ポーズのまま不自然にクルクル回転するウルトラマンを見ても、『シン・ウルトラマン』以前の僕たちには確実にあったであろう、「これは本来どういう風に見せたかったのか?」という視点は失われているわけです。あれはもう「そういうもの」でしかなくなった。
50年以上前に作られた初代『ウルトラマン』を、現代の技術を駆使してほとんどそのまま再構築したとも言える『シン・ウルトラマン』。そんな「オタクの夢の集合体」とも言える作品が商業映画としてきちんと成り立っている事実。僕は原点に対するある意味最高峰のリスペクトだと思うのですが、どうでしょうか。
しかしまあ、『シン・ウルトラマン』関連のフィギュアは沢山出ているのに、この飛び人形のフィギュアは本当に無いんですね。ウルトラ初心者の妹が僕にわざわざ苦情を入れてくるくらいだから、絶対、需要あると思うんですけどねえ。