僕が僕であること(仮)

ウルトラマンが大好きな9歳の息子とのウルトラ備忘録です。

感想『ウルトラマンブレーザー』最終回 / 想像の先にあるコミュニケーションと未来

 

 仮に、「ニュージェネ」と呼ばれる現行のウルトラシリーズが次の10年も続いたとして。

 

 『ウルトラマンブレーザー』は、その歴史を語る上で「重要な曲がり角になった作品」だと10年後に振り返られる可能性は高いと思います。

 今やウルトラ界の絶対的な人気者となったウルトラマンゼロ。そして『ギンガ』から始まった「ニュージェネ」。この10年と少しの間にウルトラシリーズが得たもの、失ったものを『ブレーザー』という作品は総括し始めていました。

 言葉を発しないウルトラマン。インナースペースの事実上の段階的な廃止。ヴィラン枠を置かず歴代ヒーローの客演も無くし、あくまで『ブレーザー』の世界観からはみ出さずに全25話を走り切る。これまで「ニュージェネ」が確立してきたものを削ぎ落とす挑戦と並行して、ウルトラマンや怪獣の存在により空想科学的なアプローチをかけることでウルトラの原点回帰の香りを漂わす。

 誰かがいつかはやらなきゃいけないスクラップアンドビルドを、『ブレーザー』がやり始めてくれている。第1話を見たときからずっとそんな気がしていたので、多少不満の残る回があっても僕はこの作品をずっと好意的に見ることが出来ました。そしてそれは最終回を見終えた今も変わっていません。

 逆に言うと『ブレーザー』が今後「異色作」として扱われてしまうのならば、ウルトラシリーズに明るい未来は待っていないのかもしれないとも……。

 

 今日は最終回を迎えた『ウルトラマンブレーザー』についての総括と、息子と番組を追いかけてきたこの半年間をざっくりと振り返っていきたいと思います。

 

 

 

 

S(すこし)F(ふしぎ)なブレーザー

 

 僕が『ブレーザー』を気に入ったポイントとして、全編に渡って「ハードSFっぽい解釈」のセンスが良かったというのがあります。

 

 主人公・ヒルマゲントが隊長を務める特殊怪獣対応分遣隊SKaRDを、怪獣に特別に対応する「特殊部隊」とし、アースガロンの整備班や、機動団の隊長だったゲントとつながりを持つ他部隊をポイントポイントに登場させることで世界観の広がりと組織のリアリティを保つ。各回に登場する怪獣を基本的には人間とは相容れない未知の存在として描き、それらの生態や特徴が物語を動かしていくという原則を守る。

 超現実的な設定に整合性を付与させつつ、未知の存在には科学的な考証をプラスしてウルトラマンを「ハードSF」として成立させる番組のスタンスは、これまでの「ニュージェネ」とは一線を画すものでした。

 

 そして『ブレーザー』が最も特徴的だったのは「ウルトラマンと人類のコンタクトをどのように描いていくか」という部分。

 例えば、第1話の初変身のくだり。同じ田口清隆監督がメインだった『ウルトラマンZ』では、ゼットがハルキに「そこのトリガー押すの!」と日本語で直接伝えることで、主人公の初変身を可笑しみのあるイベントとして成立させていました。

 『ブレーザー』でも、ウルトラマンが人間を導く構図そのものは踏襲しながら、こちらの初変身はブレーザーの意思光線(?)のようなものがゲントの手をブレスまで動かす。当然ブレーザーは言葉を話さないのでここでコミュニケーションは生じず、ゲントは突然の出来事に戸惑いながらもそれに従うしかない、という演出になっていて。

 どちらが分かりやすく面白いかと言われたら『Z』のほうに軍配が上がるかもしれません。ただ僕はこの初変身で『ブレーザー』という作品の「見せ方」を大方理解しました。つまりは「ウルトラのお馴染みの展開を可能な範囲でハードSFっぽく見せていきますよ宣言」とでも言うべきでしょうか。

 ブレーザーの意思はゲントの持つストーンと連動していて、何かしらの意思が伝えられるときはストーンが熱を発する。ブレーザーがその時何を考えているのかゲントにもはっきりとは分からない。分からないからこそゲントは考え、想像する。そしてそのプロセスを視聴者も一緒に体験するという作り。

 

 ウルトラマンと変身者の気持ちが一つになり強大な敵に立ち向かうというヒーローものらしい熱いシチュエーション、『ブレーザー』では第12話「いくぞブレーザー!」まで待たなければいけません。

 ブレーザーの考えを理解しきれずに一度はストーンをロッカーに置いて戦線に赴いたゲントが、ピンチの局面でブレーザーの記憶を反芻し考え、想像を巡らせ、「目の前の命を救う」という同じ目的をようやく共有する。これまでの2人の付かず離れずの距離感を見てきているからこそ、ここという場面で互いの意思がガチッと合わさったときのカタルシスは凄まじく。

 

 第24話「第3波接近襲来」では、ヴァラロンの襲来により絶体絶命のピンチに陥ったブレーザーがついにゲントとの離脱を決断する。最終決戦を前に主人公が変身不能に陥るこちらもお馴染みの展開。ゲントの手を離すブレーザーのマスクから「ゲントの命を守るために」という明らかな「意思」が感じられたのは、やはり『ブレーザー』のSF的なコミュニケーション描写の積み重ねがなせる技だったと思います。

 最初は何を考えているのかすら分からなかった謎のエイリアンと、言葉は交わさずとも少しずつ互いに意思疎通がとれ始めて……からのあの別れ。「ブレーザーくんにも思うところあるよなあ」と、見る側もいつの間にか彼に感情移入出来るようになっている。「S(すこし)F(ふしぎ)なブレーザー」と人類のコンタクトを、25話かけて丁寧に描いてきた成果がはっきりと現れていました。

 そして最終回。ついに言葉を発したブレーザーの最初の一言が、ゲントの口癖「俺が行く」に合わせて「俺も行く」だったの、「ここでそう来たか!」という感動が確かにありました。

 

子のコミュニケーションツールとして

 シリーズを通して描かれた「V99」の謎。その正体が明かされる過程と、ドバシユウが隠していた真実をエミ隊員が暴くシチュエーションも実にスリリングでした。

 「縦軸」と1話1話の充実度にどう折り合いをつけていくか、という点についてはニュージェネ以降のウルトラシリーズで度々指摘されている要素ですが、『ブレーザー』はそこもかなりバランス良くやり切ったという印象があります(単発回だと「ソンポヒーロー」が特に好きです)。

 

 何より、『ブレーザー』の縦軸要素には特に息子(小3)が毎回興味津々な反応を見せておりました。

 小学3年生と言えば、いよいよ「物語」というものをきちんと吸収し始める時期です。だから毎週『ブレーザー』を一緒に見終えた後の息子とのディスカッションがなかなかに充実してきて、これがまあ楽しくってですね。

 V99の正体をお互いに予想したり、ドバシユウが何を隠しているのか思いついたことを言い合ったり……。昨年の『デッカー』までは息子の感想を聞くのがただ楽しいという感じだったのが、『ブレーザー』では息子が僕の意見にも真剣に耳を傾けて考えてくれた上で色々な話ができた。今までウルトラマンの「物語」の内容についてここまで親子でじっくり話すということはありませんでしたから、『ブレーザー』を通じて息子の成長を肌で感じることが出来たのは良き収穫でした。

 最終回の放送日の前日。息子が「ハルノ参謀長はいつも怒鳴ってるから嫌い」って言うんで、「実はハルノ参謀長がSKaRDを守ってたんやで」と僕が補足したら「嘘やん?なんでなん?なんでそんなん分かるん?」とめちゃくちゃ詰め寄られて(笑)。そしたら最終回でちゃんとハルノ参謀長が指揮所にエミ隊員を連れてきてくれて、「パパが言ってたことほんまやったな……すげぇな」となったのは可笑しかったなあ。

 『ブレーザー』が視聴者に色々なことを想像させる作りだったからこそ、こうして僕たち親子のコミュニケーションもより活発になったのでしょう。息子も僕も、良い時期に良い作品と出会えたなと思います。

 

 

 

像の先にあるもの

 小3の息子といるとよく分かるんですけどね、もう今の子たちはYouTubeの10分くらいの動画を見ては切り捨て、見ては切り捨てを毎日繰り返しているわけです。

 だからそのコンテンツがいかに「分かりやすく」「すぐに面白さが伝わるか」ってめちゃくちゃ大事で。そういう意味では、『ブレーザー』の視聴者に考えさせる作りは前時代的とも言えます。考えさせている間に飽きられてしまう可能性が結構高い。

 でもだからこそ、『ブレーザー』のSFっぽいウルトラマンの見せ方。これを今の子供番組でやるのは相当な勇気が要ったでしょうし、今の子供たちにこそ是非見てほしいと思います。ブレーザーとゲントのコミュニケーションの在り方を見ながら、ああでもないこうでもないと想像を巡らせてほしい。

 

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 放送開始前には、主人公のゲントが『ウルトラマンジード』の伊賀栗レイトと同じく妻子持ちであることへの期待感を書きました。ゲントの「父親」としてのハートフルな物語を見たい、と。

 最終回、ブレーザーがヴァラロンを撃破したあの光線。ブレーザーが初めて披露するウルトラマンではお馴染みの両腕をクロスさせるポーズでありながら腕の向きは反対、光線を発したのは右手ではなく左手で。そしてゲントの左手にはサトコとの結婚指輪とジュンからもらったブレスレットが身に着けられている、というこの必然……!ジュンのテレビ越しの応援がブレーザーに届いたんだと信じさせてくれるには十分過ぎる材料が揃っていました。

 ある意味、ブレーザーが本当の意味でウルトラマンというヒーローになれた瞬間とも言えますよね。その由来が「家族の愛の力」というあまりにも熱くそしてハートフルな展開。もう100点でしょ。100点。

 ゲントの「父親」としての物語もここに見事結実しました。ラストシーン、家族に「ただいま」が言えたゲントの表情も良かった。テレビ見ながら普通に泣きましたよ僕は。

 

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 第1話を見た日の息子との記事も既に懐かしいです。『ブレーザー』、君の言ってた通り「さいっっっこう」のやつだったぜ。

 

 『ブレーザー』が終わってしまったのが寂し過ぎて僕が「受け入れられない〜」って嘆いていたら、息子がキリッとこっちを向いて「まだ終わってへんで!『大怪獣首都激突』があるんやで!」と励ましてくれましたよ。番組自体ももちろん楽しかったけど、息子とのこういうやりとりがまあ楽しくて。

 まだまだやっていたいので劇場版の公開、ちょっとだけでもいいので延期してくれないかしら。無理か(笑)。