僕が僕であること(仮)

ジードとルーブが大好きな4歳の息子とのウルトラ備忘録です。

大人になっても忘れられないウルトラシリーズのトラウマについて考える

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 ふと思い立って映画『ULTRAMAN』を一人で見ていたら、案の定息子が食いついてきました。

ULTRAMAN
 

 従来のウルトラシリーズに比べて対象年齢が高めに設定されているこの作品。実際「子供が見たら怖がるだろうな」と感じるシーンも多いのですが、息子は全然平気みたいで。僕が昔買ったままにしていたザ・ネクストのソフビもずっと大事そうに持っています。シルバーのアンファンスから赤いラインの入ったジュネッスへ形態変化していく様子が面白いらしい。君、分かってるね。

 僕はふと思いました。息子とウルトラマンを一緒に見始めてもうかれこれ2年近く経つけど、彼が大人になってもずっと記憶に残り続けるような、ウルトラシリーズにおける「トラウマ」ってこれまであったのだろうか。息子のこれまでを思い出しつつ少し考えてみようと思います。

 

のトラウマはダダとケロニア

 ちなみに自分が子供の頃はどうだったのかと言うと、ウルトラシリーズに植え付けられた「トラウマ」は相当ありますよ。中でもダダとケロニアは今でもちょっと怖い。

ウルトラ怪獣シリーズ 83 ダダ

ウルトラ怪獣シリーズ 83 ダダ

 
大怪獣シリーズ(R) ウルトラマン編 「吸血植物ケロニア」【少年リック限定仕様】
 

 この2人の何が怖いって、人間と同じ大きさで室内をウロウロしていたじゃないですか。それでいて造形にも妙なリアルさがあって。何かしらの気配を感じたときにはもう事態が進行している。パッと後ろを振り返ると、そこには見たこともない宇宙人!この怖さ。

 霊感とかは全然ないんですけど、例えばお風呂で頭を洗っていると後ろに誰かいる気がする…みたいなことは僕も昔からありました。そういう身近に感じたことのあるちょっとした恐怖感が、ダダとかケロニアが人間の前にヌッと現れるシーンと結びついたんですね。身長50mの怪獣も実際に出てきたら怖いんでしょうけど、トラウマになる怖さとはまた別だった気がします。人が死ぬシーンとかも意外と大丈夫だった。

 僕、ダダの回(第28話『人間標本5・6』)はテレビの前に座ってられなくて泣きながら隠れてましたもんね。ケロッとしている友達が信じられなかったですよ。

調される「親しみやすさ」

 今やってる『ウルトラマンタイガ』は「宇宙人が潜伏している地球」を舞台にしており、毎回何かしらの形で宇宙人が登場しています。僕のトラウマであるダダは昨年の『ルーブ』に出てきていました。

 これも時代の流れなのか、僕が子供の頃に感じたような恐怖感を強調するような演出はほとんど無くて、みんな当然のように日本語を喋って人間たちと簡単に意思の疎通ができる設定になっているのがポイント。怖さ、得体の知れなさよりも、どちらかと言うと親しみやすさを感じさせる作りになっています。

 息子に「怖い怪獣とか宇宙人はいる?」と訊いてみても、「怪獣も宇宙人も全部めっちゃ好きやで」という答えが返ってくる。「昔のほうが良かった」などと声高に叫ぶつもりはないのですが、あの背筋がゾクッとするような怖さはウルトラシリーズ独特のもので、そこに魅力を感じたファンの一人としては少し寂しい気もしてしまいます。

こにトラウマを感じるか

 ただ息子を見ていると、作り手側が「子供にトラウマを植え付けてやろう」と意図して作ったものって、意外と当てはまらないのかもと思うことが多々あって。

 冒頭で触れた『ULTRAMAN』もそうですし、『ネクサス』に出てくるペドレオン、あれ大人の目線で見たらめちゃくちゃ怖くてグロいけど、息子は全然ビクともしない。むしろ人を捕食するシーンを見て「おー!」って手叩いてますもんね。子供の頃の僕に比べたら相当度胸あります。

 思えば、僕のトラウマであるダダとケロニアも、当時のスタッフたちがそう意識して撮っていたなんて話はあまり聞きません。僕が泣いていた横で友達がケロッと平気だったように、「トラウマになる基準」なんて人によってかなり違いがあるのでしょうね。もしかしたら息子も言わないだけで、楽しく見ていた映像の中に小さなトラウマを感じている可能性もあるわけです。

 そう考えると、ますます息子がウルトラマンを楽しむ姿から目が離せなくなってくる。うちの母親が、ダダを見て大泣きする僕を笑っていたように、大人の目から見ると何でもないようなところに息子が意外な反応を見せるかもしれません。

 そうだ、試しにダダとケロニアの回を息子に見せてみようか。僕がトラウマを克服できていればの話ですが(笑)。