「気をつけろ!メフィラスの、罠。」
一見平たいようで、実は言葉の奥底に静かな抑揚を感じさせる“昭和の実況アナウンサーみ”のある言い方で、息子が突然こちらに迫ってくる。彼は今、円谷プロの公式サブスク、通称「ツブイマ」で絶賛配信中の『シン・ウルトラファイト』に夢中です。
知らない方のために説明すると、『シン・ウルトラファイト』は、映画『シン・ウルトラマン』からウルトラマンと怪獣・外星人との戦闘シーンだけを抜き出し「樋口真嗣監修」のもとで編集した映像に、「山ちゃん」こと山寺宏一さんが実況の声をあてた特別ムービーのこと。
頭に「シン」とつくだけあって、もちろんオリジナル版も存在します。
本家の『ウルトラファイト』は、1970年の9月から約1年間、毎週月曜〜金曜に放送された5分間のミニ番組。当時TBSのアナウンサーだった山田二郎さんによる実況で『ウルトラマン』と『ウルトラセブン』の戦闘シーンをプロレス風に編集した映像の独特の空気感が今もカルト的な人気を集めています。
『ウルトラファイト』の持つ独特さを言葉で説明するのは非常に難しく、またそれを現代風に再現しようという『シン・ウルトラファイト』にも樋口監督の狂気じみた何かを感じてしまうのですが……。さて、その狂気に我が息子がどっぷり浸かろうとしているぞ、というのが今日のお話。
『ウルトラファイト』の狂気
『ウルトラファイト』がどれほど「ヤバい」作品なのかを説明するには、毎回付けられた奇妙なサブタイトルの数々をご覧いただくのが手っ取り早いかと思います。
・第41話「キーラの眼が問題だ!」
・第85話「殺られる前に殺れ!」
・第102話「セブンよ死ね!」
・第114話「くんずほぐれつ」
・第127話「怪獣(モンスター)はつらいよ」
コンプライアンスなどという概念から一切解放された鋭利な言葉の数々に胸が躍り……ませんか?
改めて見ると凄いですよね、だって「セブンよ死ね」ですよ(笑)。あまりにもストレートな表現過ぎて逆にセンスを感じるし、「くんずほぐれつ」なんかもね、作っているスタッフの忙しさまでがこっちに伝わってくるような。もはやタイトルを考えることすら放棄しているかのような人間臭さ、ぶっきらぼうさに独特の味わい深さを感じてしまいます。子供が見る番組では特にそういった諸々が綺麗に舗装されがちな現代において、この手の狂気を感じる機会などそう無いでしょう。
ちなみにこの『ウルトラファイト』、先述の過去作のフィルムを再利用したいわゆる「抜き焼き編」とは別に、この番組用に新しく撮影された「新撮影編」も存在します。
この「新撮影編」が更に輪をかけて狂っておりまして……。
日本のどこかにある海辺、造成地でボロボロになった着ぐるみ怪獣たちと威厳ゼロのウルトラセブンが延々と格闘を続ける映像はあまりにもシュールが過ぎる。一応ヒーローが出てくる番組なのに、何故か子供に見せることをはばかられるような「狂気」に満ちています。
「特撮の因子」を全身で浴びよ
樋口真嗣監督は、この『ウルトラファイト』が幼少期における「ウルトラ原体験」とのこと。
ツブイマではその樋口監督をナビゲーターに迎えた『ウルトラファイトクラブ』なる解説番組まで配信されており、そのあまりにも深すぎる「ウルトラファイト愛」に司会の黒木ひかりさん(『Z』で怪獣オタの役だった方)が毎度タジタジになっているのが笑えます。
そして『シン・ウルトラファイト』は、まさに樋口監督の「ウルトラファイト愛」の結晶と言える作品なのでしょう。
オープニングの手書き風テロップを忠実に再現したり、画角も昔のテレビの4:3にわざわざ設定していたりで、昭和レトロと『シン・ウルトラマン』の最新映像とのミックスは、あの頃の「狂気」に近いものを感じさせてくれます。ほぼアドリブで声をあてていたと言われる“山田二郎節”を再現した山寺さんの実況が、それでもやや整い過ぎている(良くも悪くもドタバタ感がない)のが唯一惜しいところ。
ウルトラマンと怪獣のバトルだけを抜き出した、子供にとって(大人にとっても)夢のような番組に、怪獣狂の息子が食いつかないはずもなく。そりゃあ、さっきまで映画館で見ていた『シン・ウルトラマン』の映像を家で見られるんだから嬉しいよなあ、と。
しかも息子、僕の知らないところで一人でツブイマを開いて特撮の因子を全身で浴びている。で、最初にお話したような実況のものまねを突然披露してくるんです。
何も知らない僕からしたら「どうした?」っていうね。何か悪いもんでも食ったかと心配になってしまうわけです。いや、まあ、それもある意味正解なんだけれども……(笑)。
『シン・ウルトラファイト』を視聴後の息子が、僕の部屋で撮影したウルトラマンX対ザイゴーグ。やっぱり、こういうのやりたくなるよな。
しかしまあ、息子がこのまま本家『ウルトラファイト』にまで首を突っ込みだしたらどうしましょうかね。というか、それこそ僕が知らないだけでツブイマを介してもう見始めている可能性も…。
いやはや、「そんなにディープなオタクに育てるつもりはなかったんだ、すまん息子よ」の心境であります。