僕が僕であること(仮)

ウルトラマンが大好きな6歳の息子とのウルトラ備忘録です。

小学生になった息子にウルトラマンのTシャツを買い与えなかった理由を語ってみる

f:id:ryo_nf3000:20210724162123j:plain

 この間、家族で『TSUBURAYA EXHIBITION 2021』へ行ったときのことです。

 展示を見終えた後の物販コーナーで息子が、ウルトラマンZがでかでかとプリントされたTシャツを凄く欲しがっていたんですね。大人でも着られるようなかっこいいデザインのTシャツで、「子供用のシャツなんて家に山ほどあるけどせっかくだし記念に1枚くらいいいか」と思い僕がそのTシャツを手に取った瞬間、横にいた嫁さんにバシッと止められてしまいました。

「学校に着て行って“なんか”言われたら嫌だし…」

 誰に何を言われようが好きなものは好き―。僕が自分の趣味に対してそんなスタンスでいられるようになったのは割と最近のことですが、もっと早くそこに気付いていればまた違う人生があったのかもという後悔が少なからずあって。だから同じくウルトラマンや特撮が大好きな息子にも、周りに無理やり合わせることなく自分の「好き」をちゃんと貫けるようになって欲しいという思いがあります。

 ただ、嫁さんの言う「なんか」には思い当たる節があり過ぎて…。反論したかったけど、何も言い返せなかったですね。

 

供たちのコミュニティ

 「思い当たる節」を具体的に説明すると、つまりその…「学校にウルトラマンのTシャツを着て行って、友達に馬鹿にされたり仲間外れにされないか」という心配です。

 自分が小学生だった頃のことを思い出してみても、子供が日常生活を送る世界はとっても狭い。極々小さなコミュニティの中で自分の居場所を確保するのにそれなりに苦労した記憶があるんです。自分という人間をさらけ出さないほうがいい場面が沢山あって、子供心に生きていくのに必死だった気がします。

 いい年してウルトラマンやゴジラに夢中だという自分を周りに隠さなくてもよくなったのは、中学3年生くらいでした。変人扱いはされましたけどね。ちょうど、互いを認め合える友人や信頼できる先生に出会えた頃です。

 息子は小学1年生で、クラスにもウルトラマンを見ている子は何人かいるし、特撮好きを周りに馬鹿にされたことはまだ無いようです。ただ、学年が上がっていくにしたがって今のように特撮好きを堂々と主張出来なくなることは容易に想像がつきます。息子が自分から特撮を卒業してしまう可能性もあるのですが、それが周りから何かを言われて…みたいな理由だと正直悲しい。

子のこれからを想像する

 Tシャツの購入を嫁さんに止められたとき、一瞬「え、なんで?」って思ったんですよ僕。「好きなもんは好きで良いじゃん。僕たち大人だってそこに胸張って生きてるんだし」と。

 でも嫁さんは、息子のこれからに対して僕よりもずっと想像力を働かせていました。「小学校にあえてウルトラマン好きを主張するようなシャツを着て行って、友達に『なんか』言われてウルトラマンを嫌いになっちゃうのは余計に辛くないか」というわけです。

 そう言えば、息子は放課後に上級生と遊んだりもしているようなので、「なんか」言われるリスクは結構ある。子供にとってその遊ぶ場所を失うことは、自分の生きていく場所を失うに等しいケースがあって。僕がウルトラマンのTシャツを手に取ったときにそこまで想像出来てしまう嫁さん普通に凄い。

 Twitterでこの話題をつぶやくと、息子と同じかそれ以上の年齢のウルトラマン好きのお子さんをお持ちの方から幾つかリプライを頂きました。

「小学校に上がってから『特撮まだ見てるのかよ』的な風潮があったようですが、高学年になった今は隠れ特撮仲間やバカにしない友達が出来ました」

----------

「小6の息子、ユニクロのティガのシャツを普通に着てます。バカにするような子とはそもそも遊ばないから大丈夫と(笑)」

----------

「うちも小学生のタイミングでウルトラマンや仮面ライダーの服はすべてお友達にあげてしまいました」

 息子のこれからについて考えさせられると同時に、一度でもウルトラマンにハマった子供たちにはそれぞれの環境でたくましく生きて欲しい…という謎の目線でふむふむ頷いてしまいました。リプライをくださった皆さま、貴重なご意見ありがとうございました。

分で辿り着くからこそ…

www.bokuboku12.net

 僕も嫁さんも、好きなものを堂々と好きでいられるようになったのって、意外と大人になってからなんですよね。何も知らなかった子供の頃、自分の居場所を必死に守ろうとしたり、周囲の心無い言動に傷つけられたりしながらやっとの思いで辿り着いた境地なわけです。

 あの時嫁さんがTシャツを買うのを止めてくれなかったら、僕は息子にその結論だけを押し付けてしまうところでした。子供には子供の世界がある。彼自身が考えて悩んで、大人になっていく過程の中でそういう価値観が生まれてくるからこそ意味があるのだと。僕もまたひとつ、家族のお陰で賢くなれた気がします。

 Tシャツを買ってもらえなかった息子はめちゃくちゃ不満そうにしてましたけどね(笑)。「服はもうちょっと、大きくなってからね」と僕が言うと、息子は納得いかない表情を見せつつコクリと頷くのでした。

 

(2021.7.25 追記)

 今回の記事について沢山の方がブックマークやコメントをくださり、はてなブログのトップページにも掲載された影響で普段よりもアクセス数が大幅に伸びています。読んでくださった全ての皆さまに感謝します。ありがとうございます。

 ただ、僕の文章が稚拙で説明不足なあまり、記事で伝えたかった本来の趣旨とはやや異なる受け取られ方をしているようでした。記事そのものを書き直そうとも思ったのですが、せっかく残してもらったコメントを無にしてしまうのは忍びなく、ここで追記という形の言い訳を書き残しておこうと思います。

 まずは僕の嫁さんに関して、です。この記事だけを読むと、まるで嫁さんが「『小学校に上がれば特撮は自然と卒業するものだ』という先入観から子供の欲しいものを買い与えなかった厳しい母親」のように受け取れますが、本当のところは少し異なります。

 嫁さんは、息子がウルトラマンに熱中している今の状況を概ね歓迎しています。番組も一緒に見て楽しんでいます。彼女自身もスーパー戦隊シリーズのファンで、好きな作品をBlu-rayで繰り返し見てはフィギュアを飾り直したりして、特撮ヒーローへの理解はそれなりにあるほうだと思います。当然、「ウルトラマンは幼稚園児が見るもの」という考え方もしていません。

 夫婦の会話の中で「息子がいつかウルトラマンや特撮を卒業してしまうかも…」という話題はよく挙がりますが、大抵の場合「最終的には子供自身が選択することだから」という結論に辿り着きます。ただ、これは親のエゴなのですが、息子が物心ついた頃からずっと好きでい続けるウルトラマンを、積極的に卒業させたくはない…そういう感情も共有しています。

 Tシャツをあえて買い与えなかったのは、僕や嫁さんがこれまで息子にかなりの数のウルトラマングッズを買い与えてきた反動でもありました。今回の記事では、あえて買い与えなかったことにも意味があるはずだということを書きたかったのですが…。

 息子が今持っている「好き」という純粋な感情を、親としてどう見守っていくべきか。僕らなりに考えたつもりだったのですが、子供の選択を応援して寄り添うというところまで行きつかなかったのは単純に親として未熟なのだと思います。

 僕も嫁さんも、子供時代に自分の好きなものをきっかけに周囲の人たちから疎外されたり、生きづらさを感じた経験が何度もあって、小学校という小さなコミュニティでの生き方について敏感になり過ぎていたのかもしれません。

 「学校に着せて行かなければいい」「家で着る用に買ってあげれば」というご指摘も、ごもっともです。ただうちの子の場合、果たしてその約束がきちんと守られるのかは疑問なんですけどね。もう一人でパッと着替えて、ランドセル背負って行っちゃいますからね。学校から家に帰ってきて、「え、なんでそんなヨレヨレの服選んで行ったん?!」みたいなことが何度もあるので(笑)。

 今回の記事へ届いたコメントの数々を読ませてもらいながら、文章で思いを伝える難しさを痛感しました。同時にブログを書いていく楽しさや充実感もまた、今の自分には必要だと感じた次第です。まだまだ、いい文章を残せるよう頑張ってみます。それでは。