僕が僕であること(仮)

ジードとルーブが大好きな4歳の息子とのウルトラ備忘録です。

『S.H.Figuarts ウルトラマンジード・マグニフィセント』を眺めつつ、傑作回『僕の名前』を振り返る。

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 プレミアムバンダイで注文していた『S.H.Figuarts ウルトラマンジード マグニフィセント』が届いてしまいました。

 ウルトラマンのフィギュアーツを購入するのはこれで5体目。価格のことを考えるともうそろそろ自重せねばと思ってはいるのですが、このマグニフィセントだけはどうしても譲ることができなくて。

 と言うのも、『ジード』は息子が初めて本格的にのめり込んだウルトラマンであり、僕にとっても長年眠っていた特撮熱を呼び起こしてくれた非常に思い入れのある作品。

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 中でもマグニフィセントが初登場した第12話『僕の名前』は、ニュージェネ全体を通しても個人的にはベストと言ってもいいくらいの傑作回だったんですね。アーツが出ると聞いて買わないという選択肢はもはや無かったわけです。

 今回は、マグニフィセントのアーツを眺めながらちょっとばかし『ジード』を振り返ってみようと思います。息子も僕も今は『タイガ』に夢中ですが、時々故郷へ帰るように『ジード』を一緒に見返すことがあって。特にマグニフィセントの超かっこいい初登場シーンは、見る度に二人で「うおーっ!」と(笑)。

 

ーローは背中で語る

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 まあ、まずは見てください。マグニフィセントのこのかっこ良さ!

 フィギュアの出来は言わずもがな。ほんと、フィギュアーツシリーズの再現度の高さには毎度毎度びっくりさせられます。特にこのマグニフィセントは他のウルトラマンに比べても細かい装飾が多く、金型を作るのが大変そうだなと感じるのですが、マスクの造形やボディのバランスなど文句の付けようがないクオリティ。普通に立たせてあげただけでこの存在感ですよ。家守ってくれそう。

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 ジードの各種形態のデザインは、元となるプリミティブに2体のウルトラマンの特徴を上から重ね合わせるというもの。僕がマグニフィセントで好きなのはこの角です。ウルトラの父の角に、ゼロのゼロスラッガーのディテールを合わせることで全く新しいデザインになっていますよね。ゼロの攻撃的なイメージと、ウルトラの父のどっしりとした存在感がこの角に集約されている気がします。

 ジード自体、そのあまりにも特徴的な目の形おかげで何を付け足しても「ジードらしさ」が失われない強みがありますね。デザイナー・後藤正行さんの素晴らしいお仕事ぶり。

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 あと、マグニフィセントと言えば「背中」の印象も強くて。

 初登場時のスモークと光の演出は田口清隆監督の平成ゴジラシリーズへのオマージュと言われていますが、多分息子には「ウルトラマンの超絶かっこいい登場の仕方」として認識されていくのでしょう。背中だけでこれだけ画になるヒーローってなかなかいないと思います。アーツもその点を意識しているのか、背部の塗装にも力が入っているように感じられますね。劇中の場面を再現したくなる。

「名前」というアイデンティティー

 『ウルトラマンジード』第12話『僕の名前』では、自身の出生の秘密を知った主人公・朝倉リクがある一通の手紙に導かれ、「名前」というキーワードから自分のアイデンティティを確立していきます。

 『ジード』の物語自体が、リクが「自分は何者なのか」と思い悩むところからスタートしており、シリーズ中盤にしてそこに一つの決着をつけたという見方も出来ますね。実際、ここからキメラべロスとの死闘、父・ベリアルとの最終決戦へとつながっていく構成でした。

 僕が素晴らしいと思ったのは、リクがアイデンティティを確立していく過程に「名前の由来」という、視聴者にとっても身近な「自分だけのもの」を持ってきたところなんですね。

 これは、僕も息子と一緒に見ていたからこそ感動できた部分なのかなと思っていて。

 実は僕自身の名前が今でいう「キラキラネーム」的なところもあり、昔から結構からかわれたりしたんですよ。未だに市役所とかでちゃんと読んでもらえることのほうが稀なので。だから自分に息子ができて、さあ名前を考えようとなったときに「分かりやすい名前にしよう」というのはまず最初に考えたことです。もちろん嫁さんとも相談しそれぞれの思いも込めた結果、息子には僕の名前から一字を取った上で誰にでも読んでもらえる分かりやすい名前を付けました。

 そういった経緯もあり、誰の名前にも「由来」があることを、子供が見る番組で描くことには大きな意味があると感じたわけです。

分の「柱」を見つけること

 ちなみに僕は、嫌な思いをすることもありましたけど、今の自分の名前は凄く気に入っています。それはやっぱり、両親に「名前の由来」をちゃんと教えてもらえたからで。小学生の頃の参観日に、一人ずつ自分の名前の由来について発表する授業があったんです。ただ変わっているだけと思っていた自分の名前に、意外とちゃんとした由来があって驚きました。

 息子が自分の名前の由来を知るのはもう少し先の話でしょうが、それを知ることで彼の中に何か一つでも、これから自分という存在を確立させていくための「柱」が見つかればいいなと思います。

 そして例えば、「小さい頃に見てた『ジード』にもそんな話があったな」なんて思い出してもらえたら、今親子でウルトラマンを見ながら「うおーっ!」とか言ってることにもまた一つ価値が生まれてくるのかな、と。

 ニュージェネ以降のウルトラでは、このいわゆる「パワーアップ回」をどう見せていくかがシリーズ全体の肝になっている感がありますね。『ジード』はそこが上手くいったシリーズだったなと改めて思います。

 ブログを書くにあたって、『僕の名前』をまた見返してみました。絶叫するリクと上半身裸の伏井出ケイがインナースペースを越えて取っ組み合うシーンの迫力、マグニフィセントとペダニウムゼットンの戦いをワンカットで見せる田口監督渾身の特撮演出など、ウルトラシリーズにも新しい形の傑作回が生まれるようになった感動を再確認。未見の方はこの機会に是非、おすすめです。