僕が僕であること(仮)

ウルトラマンが大好きな9歳の息子とのウルトラ備忘録です。

僕と息子と『ウルトラマンジード』

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※2022年8月12日に加筆修正しました。

 

 あけましておめでとうございます。2018年もよろしくお願いいたします。

 

 昨年末にテレビ放送が終了し、大団円を迎えた『ウルトラマンジード』

 我が家では、7月の放送開始直後から既にウルトラマン好きになっていた息子が、もうめちゃくちゃにハマりまして。

 最初は付き合いで見ていた嫁さんもいつの間にかその世界に引き込まれ、シリーズも後半辺りになると毎週のように放送開始を家族3人正座して待機していました。

 『オーブ』の頃は息子もまだ赤ん坊でしたから、僕もウルトラマンに関してそこまでのめり込む感じではありませんでした。しかし、やはり成長した子供の持つエネルギーは、物事を動かす可能性を秘めている。

 これまで行く機会のなかったイベントへの参加や玩具の購入など、親としては非常に痛い出費もありつつも……本当に楽しい半年間を、『ウルトラマンジード』のおかげで過ごすことが出来ました。

 今回は『ジード』と共に駆け抜けた我が家の半年間を振り返りながら、作品に対する感想もここにまとめておこうと思います。

 

 

 

 

『ウルトラマンジード』に馴染むまで

 『ウルトラマンジード』の概要が発表されたとき、僕は少しネガティブな見方をしていました。

 前作『オーブ』の特色だったフュージョンという変身方法を再び取り入れたこと。

 「主人公はベリアルの息子」という、キャッチーさ以上に戸惑いを感じてしまうフレーズ。

 販促への強い意識が隠しきれていないアイテムの数々……。

 もう「過去のウルトラマンとのつながり」でしかシリーズは継続出来なくなっているのかと、正直かなりがっかりした記憶があって。

 「前々作『X』でウルトラマンの王道を、前作『オーブ』で斜め上を行った後に、人気が持続していたとは言え、8年も前のキャラクターを引っ張り出してくるとは。攻めてはいるけれど、攻める方向は本当にそっちでいいのか?」というのが、僕の『ジード』に対する率直な第一印象でした。

 

 放送が開始してからも、僕はどこか釈然としない気分で『ジード』を追いかけていたのですが、ここで登場するのが当時2歳半の息子です。

 ターニングポイントになったのは第3話『サラリーマンゼロ』

 以前から息子のお気に入りだったウルトラマンゼロの登場に加えて、セブンとレオの力でフュージョンライズしたソリッドバーニングが彼のハートをがっちりと掴みました。

 鎧をまとい、ジェット噴射しながら力強く戦う赤きウルトラマン。アグレッシブなデザインと、ロボットアニメ的な分かりやすい演出が息子のツボにヒットしたようです。

 主人公・朝倉リクの決め台詞、「決めるぜ、覚悟!」や「ジーッとしてても、ドーにもならねぇ!」を、アクションを交えて真似しだしたのもこの頃からでした。

ルトラカプセルが担った役割

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 フュージョンライズに必要な「ウルトラカプセル」というアイテムの存在も、息子を『ジード』の世界へ引き込む大きな要因の一つでした。

 劇中では、光の国の科学者であるウルトラマンヒカリが開発したといういかにもな説明がなされていましたね。ただ、そのビジュアルはいかにもおもちゃで。

 僕は「こんなの子供が欲しがるのかなあ」と思いながら見ていたのですが、息子はウルトラマンや怪獣のソフビ人形よりも、まずはカプセル集めに熱中。

 DXジードライザーを購入してからは、テレビの前でリク(ときどき伏井出ケイ)になりきる息子を毎日のように目にすることになったのでした。

 

 ウルトラカプセルに関しては、今思えばいかにもおもちゃなその「チャチさ」が逆に良かったのかなと思います。

 例えばニュージェネレーションシリーズの第1作『ウルトラマンギンガ』では、市販のソフビをそのままスパークドールズとして劇中でも使用していました。子供にとって、画面の中の主人公が手にしているアイテムを直接手に出来る喜びは、番組への大きな求心力になっていたのかもしれません。

 カプセルに描かれているキャラクターが写真ではなくオリジナルのイラストだったことも、コレクターズアイテムとしての価値を高めていました。僕もつられてついつい集めてしまいましたから(笑)。

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が僕であること

 僕が『ジード』に本格的にハマっていくきっかけになった回は、このブログのタイトルにもしている第6話『僕が僕であること』です。

 一般家庭のサラリーマンにウルトラマンが憑依し、2つの人格が同時に存在しながら時々入れ替わるというレイトの設定は個人的に大ヒットでした。

 これから大人になっていく少年のリクより、自分の年齢に近く、子持ちの会社員という境遇も似ているレイトのほうに感情移入しやすかったんですね。

 第6話は、そのレイトとリクの人格が入れ替わり、お互いの日常生活を体験することでそれぞれが背負っているものを認識していくという話でした。

 特に印象深かったのは、サラリーマンを体験したリクに「どうしてそこまで仕事を頑張れるのか」と訊かれたレイトの台詞。以下、劇中からの引用です。

それは、守りたい大切なものがあるからだね。

一つ大切なものが見つかると、他にも大切なものがどんどん増えていくんだ。ルミナさんと出会ったから、マユが生まれた。マユが生まれてから、この街や地球を前より愛おしく思うようになったんだ。僕がいなくなった後も、マユが生きていく世界だからね。

 ここで重要なのは、この時点でレイトはまだ、ウルトラマンゼロと一体化し命をかけて戦わなければならない運命を完全に受け入れてはいないということです。

 あくまで、伊賀栗レイトという一人の父親としてのスタンスを言葉にしているに過ぎない。でもそれがそっくりそのまま、ウルトラマンとして戦う人間の決意としても受け取れるところに、「サラリーマンゼロ」としての絶大な説得力がありました。

 自分自身も父親である僕は、ここで初めて『ジード』の世界を受け入れることができた気がします。それぞれ立場も年齢も違う人間たちが集い、巨悪に立ち向かう。ウルトラシリーズでは珍しいパターンの作劇に必然性を感じたのです。

 

 レイトの言葉を聞いて「僕は僕でいよう」と決意するリクの表情からも、悩みを抱えながらそれでも前に進んでいく少年のほんの少しの成長が読み取れました。

 登場人物の心境の変化がとても丁寧に描かれており、「これから描かれていくレイトとリクの物語を最後まで見届けねば」と、半ば使命感のようなものが芽生えてきたことを覚えています。

 

 前半戦の大きな山場となったのは、レイトが本当の意味でウルトラマンになっていく過程が描かれた第7話『サクリファイス』と第8話『運命を越えて行け』。

 この辺りから僕は、すっかりゼロとレイトのファンになっていました。

 『大怪獣バトル ウルトラ銀河伝説 THE MOVIE』を映画館で見て、こんな少年ジャンプの主人公みたいなやつがウルトラマンだなんて」とゼロを全否定していたあの頃の(厄介オタクだった)自分がまるで嘘のように。

 そして、「僕が僕であること」を肯定していく『ジード』の物語を追いかけていくうちに、自分の中に確かに存在していた「ウルトラマンはこうでなければならない」というある種のコンプレックスも次第に解かれていったのです。

 

 

 

谷プロの本気!特撮スペクタクル

 また、『ジード』にハマった要因として、特撮パートの充実ぶりも大きかったです。

 近年では『ウルトラマンギンガS』から、ウルトラマンのTVシリーズでも市街地のミニチュアセットが組まれるようになっていました。

 『ジード』では、円谷プロ伝統のミニチュアワークと、CGや合成を多用した新しい表現が最もバランスの取れた形で映像化されていた印象です。毎週どんな映像が見られるのかと本当にワクワクしました。

 『レオ』ファンを公言している坂本浩一監督が提案したとされる、第1話の水を使った戦闘シーン。建物の部屋の中からウルトラマンや怪獣の姿をとらえた内引きカットの多用、巨大感を演出する細かなミニチュアワークなど、どれも特撮好きのツボを抑える見事な表現でした。

 昔ながらの特撮の手法を受け継ぎ、それを現代のセンスで映像に落とし込む。

 毎週のように披露される特撮スペクタクルに「予算的に円谷プロは本当に大丈夫なのか?」と本気で心配したほどで(笑)。次のウルトラマンでもこのクオリティが維持されることを願うばかりです。

撮ヒーローの本質

 我が家のジード熱の高まりとともに、息子と足を運んだウルトラマンのイベントの数々もいい思い出です。

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 近所の住宅展示場に朝倉リクこと濱田龍臣くんがやって来たときは、恥ずかしながら息子よりも僕のほうがテンションが上がっていたかもしれません。

 

 思えば僕も、子供の頃に両親によく連れていってもらいました、ヒーローショー。

 テレビの中だけの存在だったヒーローが自分の目の前にいることの感激は、やはり強烈な記憶として残っています。

 ちょうど龍臣くんに会えた頃に放送されたのが、第17話『キングの奇跡!変えるぜ運命!』。

 ヒーローショーが盛り上がる中、ひとり泣いていた幼い頃のリクにドンシャインが駆け寄る回想シーンでは、リクに今の息子と昔の自分の姿を重ねてしまい、つい感傷的になってしまいました。

 作り物のヒーローが、子供たちにとってあこがれの存在になる瞬間。『ジード』の物語は、特撮ヒーローの本質をついていたと思います。

 

 また、ウルトラマンベリアルという巨大なキャラクターの物語に一定の決着をつけることも、「ベリアルの息子」を主人公とした『ジード』という番組に求められていた宿題でした。

 その点において最終話『GEEDの証』は、『ウルトラ銀河伝説』から始まったウルトラマン・サーガにひとつの答えを導き出してくれました。

 光の国が生んだ最強最悪のウルトラマン、ベリアルには改心も破滅も似合わない。

 彼の物語にエンドマークを打つことが出来るのはウルトラマンゼロでもウルトラの父でもなく、その遺伝子を受け継いだ息子・ジード。

 他者を圧する力欲しさに暴走してしまったベリアルの過去を視聴者に再確認させた上で、ジードの手による決着を真正面から描ききりました。

 ふたりの精神世界で、憔悴しきったアーリーベリアルにリクが「疲れたよね…」と手を差し伸べるシーンは、視聴者に対するある種の救いでありながら、彼ら親子には決して手の届くことはない理想の結末でもあったのでしょうか。

 

 最終話のラストシーン。ウルトラマンジードが劇中の子供たちにも正義のヒーローとして認知されていることが示されました。

 銀河マーケットでジードのポーズを真似ていたあの子供たちは、まさに番組を見てウルトラマンにあこがれを持った子供たちの姿そのもの。

 そう、テレビの前でジードになりきる息子の姿そのものでもあったのです。

 子供たちを爽やかな笑顔で見つめるリク。みんなのために覚悟を決め、戦い抜いた真のヒーローがそこにはいました。

 息子が初めてリアルタイムで経験したウルトラマンが『ジード』で本当に良かったと、僕は胸を張って言いたいと思います。

 今はまだ、ウルトラマンや怪獣のかっこ良さに惹かれて番組を見ているだけかもしれません。でももう少し大きくなって、物語の内容がある程度理解出来るようになったら、『ジード』という作品に込められたメッセージが彼にも伝わるだろうと思います。

 僕は、その時に息子がどんな感想を口にしてくれるのか、今から楽しみで仕方ありません。

 

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