僕が僕であること(仮)

ジードとルーブが大好きな4歳の息子とのウルトラ備忘録です。

僕と息子と『ウルトラマンジード』

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※2019年3月30日に加筆修正しました。

 あけましておめでとうございます。2018年もよろしくお願いします。

 昨年末、無事にテレビ放送が終了し大団円を迎えた『ウルトラマンジード』

 我が家では7月の放送開始直後から、既にウルトラマン大好きだった息子がドハマりで。最初は付き合いで見ていた妻もいつの間にかその世界に引き込まれ、シリーズも後半辺りになると毎週のように放送開始を家族3人正座して待機しておりました。

 『オーブ』の頃は息子もまだ赤ん坊だったので、僕もそこまでのめり込む感じではなかったのですが、やはり成長した子どものエネルギーを侮ることは出来ません。これまで行く機会のなかったイベントへの参加や玩具の購入など、親としては非常に痛い出費もありつつ…。本当に楽しい半年間を『ウルトラマンジード』のおかげで過ごすことが出来ました。

 今回は『ジード』と共に駆け抜けた我が家の半年間を振り返りながら、作品に対する感想もここにまとめてみたいと思います。

 

『ウルトラマンジード』に馴染むまで

 『ウルトラマンジード』の概要が発表されたとき、僕は少しネガティブな見方をしていました。

 前作『オーブ』の特色だったフュージョンという変身方法を再び取り入れたこと。「主人公はベリアルの息子」という、キャッチーさ以上に戸惑いを感じてしまうフレーズ。販促への強い意識が隠しきれていないアイテムの数々など。もう過去のウルトラマンとのつながりでしかシリーズは継続出来ないのかと、正直少しがっかりした記憶があります。

 前々作『X』でウルトラマンの王道を、前作『オーブ』で斜め上を行った後に、人気が持続していたとは言え8年も前のキャラクターを引っ張り出してくるとは、攻めてはいるけれど攻める方向は本当にそっちでいいのか?というのが、僕の『ジード』に対する率直な第一印象でした。

 放送が開始してからも、僕はどこか釈然としない気分で『ジード』を追いかけていたのですが、ここで登場するのが息子です。

 ターニングポイントになったのは第3話『サラリーマンゼロ』以前から息子のお気に入りだったウルトラマンゼロの登場に加えて、セブンとレオの力でフュージョンライズしたソリッドバーニングが彼のハートをがっちりと掴みました。鎧をまとい、ジェット噴射しながら力強く戦う赤きウルトラマン。アグレッシブなデザインと、ロボットアニメ的な分かりやすい演出が息子のツボにヒットしたようです。

 主人公・朝倉リクの決めゼリフ「決めるぜ、覚悟!」「ジーッとしてても、ドーにもならねぇ!」を、アクションを交えて真似しだしたのもこの頃からでした。

ウルトラカプセルが担った役割

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 フュージョンライズに必要なウルトラカプセルというアイテムの存在も、息子を『ジード』の世界へ引き込む大きな要因の一つでした。

 劇中では、光の国の科学者であるウルトラマンヒカリが開発したといういかにもな説明がなされていました。ただ、そのビジュアルはいかにもおもちゃ。僕は「こんなの子供が欲しがるのかな」と思いながら見ていたのですが、息子はウルトラマンや怪獣のソフビ人形よりもカプセル集めに熱中。DXジードライザーを購入してからは、テレビの前でリク(ときどき伏井出ケイ)になりきる息子を毎日のように眺めることになったのでした。

 ウルトラカプセルに関しては、今思えばいかにもおもちゃなチャチさが逆に良かったのかなと。ニュージェネレーション・ウルトラマンの第1作『ウルトラマンギンガ』では、市販のソフビをそのままスパークドールズとして劇中でも使用していました。子どもにとって、画面の中の主人公が持っているアイテムを直接手に出来る喜びがあったのでしょう。カプセルに描かれているキャラクターが写真ではなくオリジナルのイラストだったことも、コレクターズアイテムとしての価値を高めていたと思います。僕もつられてついつい集めてしまいましたから。

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僕が僕であること

 僕が『ジード』に本格的にハマっていくきっかけになったのは、このブログのタイトルにもしている第6話『僕が僕であること』です。

 一般家庭のサラリーマンにウルトラマンが憑依し、2つの人格が同時に存在しながら時々入れ替わるというレイトの設定は個人的にヒットでした。これから大人になっていく少年のリクより、自分の年齢に近く子持ちの会社員という境遇も似ているレイトのほうに感情移入しやすかったのです。そして第6話は、そのレイトとリクの人格が入れ替わり、お互いの日常生活を体験することでそれぞれが背負っているものを認識していくという話でした。

 特に印象深かったのは、サラリーマンを体験したリクにどうしてそこまで仕事を頑張れるのかと訊かれたレイトのセリフです。以下引用します。

それは、守りたい大切なものがあるからだね。

一つ大切なものが見つかると、他にも大切なものがどんどん増えていくんだ。ルミナさんと出会ったから、マユが生まれた。マユが生まれてから、この街や地球を前より愛おしく思うようになったんだ。僕がいなくなった後も、マユが生きていく世界だからね。

 ここでポイントなのは、レイトはまだウルトラマンゼロと一体化し命をかけて戦わなければならない運命を完全に受け入れてはいないということです。あくまで、伊賀栗レイトという一人の父親としてのスタンスを言葉にしているに過ぎません。それがそっくりそのまま、ウルトラマンとして戦う人間の決意としても受け取れるところに説得力があったと思います。

 自分自身も父親である僕は、ここで初めて『ジード』の世界に感情移入することが出来ました。レイトの言葉を聞いて「僕は僕でいよう」と決意するリクの表情からも、悩みを抱えながらそれでも前に進んでいく少年のほんの少しの成長が読み取れ、これから描かれていくレイトとリクの物語を最後まで見届けたいと思うようになりました。

 前半戦の大きな山場となったのは、レイトが本当の意味でウルトラマンになっていく過程が描かれた第7話『サクリファイス』と第8話『運命を越えて行け』。この辺りから僕は、すっかりゼロとレイトのファンになっていました。『大怪獣バトル ウルトラ銀河伝説 THE MOVIE』を映画館で見て、こんな少年ジャンプの主人公みたいなやつがウルトラマンだなんて」とゼロを全否定していたあの頃の自分がまるで嘘のように。

 そして、「僕が僕であること」を肯定していく『ジード』の物語を追いかけていくうちに、自分の中にあった「ウルトラマンはこうでなければならない」というある種のコンプレックスも次第に解かれていきました。

円谷プロの本気!特撮スペクタクル

 また、『ジード』にハマった理由として特撮パートの充実ぶりも大きかったです。

 近年では『ウルトラマンギンガS』から、TVシリーズでも市街地のミニチュアセットが組まれるようになっていましたが、『ジード』では円谷プロ伝統のミニチュアワークとCGや合成を多用した新しい表現が最もバランスの取れた形で活用されていたのではないでしょうか。毎週どんな映像が見られるのかとワクワクしました。

 『レオ』ファンを公言している坂本浩一監督が提案したとされる第1話の水を使った戦闘シーンや、建物の部屋の中からウルトラマンや怪獣の姿をとらえたカットの多用、巨大感を演出する細かなミニチュアワーク。昔ながらの特撮の手法を受け継ぎ、それを現代のセンスで映像に落とし込む。毎週のように披露される特撮スペクタクルに「円谷プロの資金は本当に大丈夫なの?」と本気で心配したほどで、本当に見事でした。次のウルトラマンでもこのクオリティが維持されることを願うばかりです。

特撮ヒーローの本質

 我が家のジード熱の高まりとともに、息子と行ったウルトラマンのイベントも印象に残っています。

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 近所の住宅展示場にジードとリクを演じる濱田龍臣くんがやって来たときは、恥ずかしながら息子よりも僕のほうがテンションが上がっていたかもしれません。思えば僕も、子供の頃に両親によく連れていってもらいました、ヒーローショー。テレビの中だけの存在だったヒーローが自分の目の前にいることの感激は、やはり強烈な記憶として残っています。

 ヒーローショーが盛り上がる中、独りで泣いていたリクにドンシャインが駆け寄る印象的な回想シーンがあったのは第17話『キングの奇跡!変えるぜ運命!』。今の息子と昔の自分を重ねて見てしまい、つい感傷的になってしまいました。作り物のヒーローが、子供たちにとってあこがれの存在になる瞬間。『ジード』の物語は、特撮ヒーローの本質をついていたと思います。

 主人公を「ベリアルの息子」とした以上、ベリアルというキャラクターの物語にある程度の決着をつけることも『ジード』という番組には求められていた宿題だったのでしょう。その点において最終話『GEEDの証』は『ウルトラ銀河伝説』から始まったウルトラマン・サーガにひとつの答えを導き出してくれたと思います。
 光の国が生んだ最強最悪のウルトラマン、ベリアルには改心も破滅も似合わない。彼の物語にエンドマークを打つことが出来るのはウルトラマンゼロでもウルトラの父でもなく、その遺伝子を受け継いだ息子・ジード。他者を圧する力欲しさに暴走してしまったベリアルの過去を視聴者に再確認させた上で、ジードの手による決着を真正面から描ききりました。ふたりの精神世界で、憔悴しきったアーリーベリアルにリクが「疲れたよね…」と手を差し伸べるシーンは、視聴者に対するある種の救いでありながら、彼ら親子には決して手の届くことはない理想の結末でもあったのでしょうか。

 最終話のラストシーン。ウルトラマンジードが劇中の子どもたちにヒーローとして認知されていることが示されました。銀河マーケットでジードのポーズを真似ていたあの子どもたちは、まさに番組を見てウルトラマンにあこがれを持った子どもたちの姿そのもの。そう、テレビの前でジードになりきる僕の息子そのものだったのです。子どもたちを爽やかな笑顔で見つめるリク。みんなのために覚悟を決め、戦い抜いた真のヒーローがそこにはいました。

 息子にとって初めてのウルトラマンが、『ジード』で本当に良かったなと。今はまだウルトラマンや怪獣のかっこ良さに惹かれて番組を見ているだけかもしれません。でももう少し大きくなって、物語の内容がある程度理解出来るようになったら、『ジード』という作品に込められたメッセージが彼にも伝わるだろうと思います。僕は、その時に息子がどんな感想を口にしてくれるのか、今から楽しみで仕方ないのです。

 

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