僕が僕であること(仮)

ジードとルーブが大好きな4歳の息子とのウルトラ備忘録です。

僕はいつから「あぐらをかくウルトラマン」を許せるようになったのだろう

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 「丸くなる」って、こういうことを言うのでしょうか?

 『ウルトラマンタイガ』は、第2話にしてライバルウルトラマンのトレギアが人間体の霧崎と共に怪しさ満点のキャラクターを披露。主人公のヒロユキがタイガと一体化した経緯も描かれ、来週からはトライスクワッドのタイタスとフーマをレギュラーに迎え入れつつ個別のエピソードをどんどん見せていく構成でしょうか。王道ウルトラマンの雰囲気とチャレンジングな要素がいい塩梅に融合されていて、個人的に好みな感じです。いいぞ円谷。

 リアルタイムでTwitterのタイムラインを追いかけるのも楽しく、「タロウの息子」としてタイガがファンの間に馴染んでいく様子は微笑ましいものがあります。一体化したヒロユキとのコミュニケーションがいいですよね。人間を前にして、あんな偉そうにあぐらかいてるウルトラマン初めて見たわ(笑)。

 さて、ここからが今日の本題。冒頭に書いた「丸くなる」というのは、タイガの人間臭いキャラクターを驚くほど自然に受け入れられている自分に対して、です。だって、僕はそもそもウルトラ兄弟がそんなに好きじゃなかったし、ウルトラマンに人間臭い仕草を敢えてやらせることにも抵抗があった派なんですよ。僕はいつから「あぐらをかくウルトラマン」を許せるようになったんだろう?

 

ルトラを取り巻く空気感

 『地球はウルトラマンの星』を読んでいると、90年代後半に平成三部作の制作に携わった当時のスタッフの方々の「ウルトラ兄弟アレルギー」とでも言うべき共通認識を垣間見ることができます。

増補改訂版 地球はウルトラマンの星 ティガ編

増補改訂版 地球はウルトラマンの星 ティガ編

 
増補改訂版 地球はウルトラマンの星 ダイナ&ガイア編

増補改訂版 地球はウルトラマンの星 ダイナ&ガイア編

 

 脚本家・長谷川圭一さんのインタビューでは、『ダイナ』の主題歌に「ウルトラの星」というフレーズが使われていることが当時のスタッフの間で物議を呼んだ、みたいなことが語られていて。

 結果的には最終回において、「ウルトラの星」は従来のM78星雲とは異なる意味で人類の進化を象徴する言葉として使われるわけですが、このエピソード一つとっても、現在とはウルトラを取り巻く空気感が全く異なっていたことを容易に想像することができますね。

 『ティガ』で初代ウルトラマンの客演が実現したときも、あくまで番外編的な解釈も出来るようにそれまでの物語の流れとは切り離された特別なシナリオが用意されており、安易にウルトラマン同士を共演させない慎重なドラマ作りは時代の緊張感を反映していたようにも思います。

「なんでもあり」からイメージを膨らませる

 『ティガ』の初期に、「ウルトラマンは喋るのか」問題で脚本家の小中千昭さんと監督の村石宏實さんが大激論を交わしたエピソードはファンの間では有名なお話。

 人類の想像も及ばない未知なる存在としてウルトラマンを捉えるSF的な発想は、当時中学生だった僕の目にはとても魅力的に映りましたし、同時にそれと相反する演出、人間と同じ言葉を話すウルトラマンやウルトラ兄弟の設定に対しては拒否反応が生まれたのものです。「なにがタロウだ、なにがウルトラの国だ。こんな子供騙しのウルトラマン見たくもねぇ!」という具合に。僕も昔は結構尖っていたんです(笑)。

 なんとなく潮目が変わってきたのは、やっぱりウルトラマンゼロが出てきてからでしょうか。ウルトラ兄弟の設定はその前の『メビウス』で復活していましたが、「セブンの息子」という生い立ちとそれまでのウルトラマンにはいなかった破天荒で人間味のあるキャラクター。「二万年早いぜ!」に代表される決め台詞の数々を敵に向かって言い放つ姿は、あの頃に僕が理想としていた神秘的なウルトラマン像と真逆の方向に位置するものであり、最初は「なんだこいつ?」と思ったものです。

 ゼロの登場を機にウルトラマンの故郷であるM78星雲・光の国のビジュアルも一新。ウルトラセブンはゼロの父親としての役割が増え、作品全体がウルトラマンというキャラクターの持つ親しみやすさをより押し出していく方向へシフトしていきました。

 作品ごとの世界観をキャラクターが自在に行き来するマルチバースの解釈により、ウルトラマン同士の共演もより頻繁に。「なんでもあり」を設定の段階から容認することで、見る側も自由にイメージを膨らませられる作りになっています。そこにかつてのようなアレルギーの痕跡は皆無と言っていいでしょう。

む!色んな意見

 そもそも僕がこの記事を書こうと思ったのも、Twitterでタイガのあぐらに着目するツイートを見かけたからで。

 今やゼロが一番の推しウルトラマンとなっている僕は、ヒロユキの前でベラベラと喋ったりあぐらをかいたりするタイガを見ても何とも思わなかった。むしろ「そうそう、憑依型のウルトラマンってこうだよね」と頷きながら見ていたくらいで。でも、例えば「この『タイガ』が平成三部作以来のウルトラマンです」なんていう人にとっては、とてつもなく引っ掛かるシーンだったのかもしれません。

 僕のTwitterのタイムラインを見る限り『タイガ』は概ね好評で、タロウの息子という設定もタイガの人間臭いキャラクターも今のところ受け入れられている。この20年の間にウルトラマンへの価値観が大きく変化したことを実感させられます。

 でもだからこそ僕は、もうちょっと辛口な意見も聞きたいなと思ったりして。怪獣にパンチして、「いってー」とか言ってるウルトラマンは耐えられんって人も中にはいるんじゃないかと…。我こそはという方、DMかこのブログのコメント欄で激論を交わしてみませんか?