僕が僕であること(仮)

ジードとルーブが大好きな4歳の息子とのウルトラ備忘録です。

【劇場版ウルトラマンR/B】ウルトラシリーズの限りなきチャレンジ魂に胸が熱くなった話

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 先日の先行上映会に続き、『劇場版ウルトラマンR/B セレクト!絆のクリスタル』の通常上映を家族で見に行ってきました。

 同じ映画を劇場へ何度も見に行くことって僕は滅多にしないのですが、今回の劇場版ルーブは息子とか関係なく大人の僕が普通に見に行きたい。来週は朝倉リクこと濱田龍臣くんの舞台挨拶が大阪で開催されるので、そちらにも足を運ぼうかと思っています。こんなに何度も見に行きたくなるのは、もちろん物語が良かった面と、一番は特撮ファンの間で賛否の分かれている「VFXグルーブ」を大きなスクリーンで出来るだけ沢山目に焼き付けておきたいからです。

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 先行上映会のレポートにも書きましたが、全編フルCGで表現されたウルトラマングルーブの映像が素晴らしいのです。同じ文章の繰り返しになりますが…特撮を愛する全ての人たちに見て欲しい。出来れば映画館で。ブログを書きながらテンション上がり過ぎて、いつもより大袈裟なエントリーのタイトルになってしまいましたよ。

 

特撮のネクストレベル

 ウルトラマンをフルCGで表現する試みは1996年の『ウルトラマンティガ』から既にありましたが、特撮パートの見せ場として本格的に導入されるようになったのは2004年の『ウルトラマンネクサス』と映画『ULTRAMAN』ですね。着ぐるみでは表現できないスピード感あふれるウルトラマン同士の空中戦は、ウルトラシリーズの特撮表現をネクストレベルへ引き上げようという当時の円谷プロの意欲を感じるものでした。

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ULTRAMAN
 

 ただ、発表当時はフルCGウルトラマンが単純に意欲的だとは思えない側面があったのも事実で。

 特に『ネクサス』は設定からしてウルトラマンを市街地では戦わせない異色の作品で、スペースビーストと呼ばれる怪獣も4週間でやっと1体倒されるというスローペース。要するに、これまでの平成ウルトラシリーズと比べても少ない製作費で作られていることが画面からはっきりと伝わってきていたんですね。

 当時高校生だった僕の目には、フルCGウルトラマンはその部分をフォローするための苦肉の策のように映っていました。今でこそ、当時としては革新的なことをしていたのだなと冷静に見られるのですが、あの頃の僕がウルトラマンや特撮に求めていたものではなかったと記憶しています。

 技術的な面でも当時のCGの質感は実写というよりアニメに近いものがあり、CGパートに入った途端、これまでの物語の流れがプツンと途切れてしまうように感じられました。映像そのものには凄みがあっても、それが作品の中に溶け込めていないもどかしさ。そもそもこれは、僕の知っている「特撮」なのか?という疑問も。

円谷式・特撮表現の原点

 テレビ東京系で放送されている現在のウルトラマンシリーズは『R/B』で第6作目。2クール+再放送という特殊なサイクルとは言え、ウルトラの歴史で新作シリーズがこれだけ継続した例はありません。

 ウルトラシリーズが復活を果たした要因は販促戦略や円谷プロの経営状況など色々あるのでしょうが、僕は「円谷式・特撮表現の原点に立ち返った」ことが大きかったと思っています。ここで言う「特撮表現の原点」とは、人が中に入って動く着ぐるみのウルトラマンや怪獣・宇宙人を、ミニチュアセットやオープン撮影を駆使していかに巨大に本物のように見せるか、その工夫のことを指しています。

 特に『ギンガS』の特撮を見たときに、各監督が「ウルトラマンや怪獣が巨大であること」にもう一度着目し直していたような印象を受けました。精巧に作り込まれたミニチュアセットはただそこにあるだけではなく、画面の奥にいる異世界の存在にリアリティを与える。建物の部屋越しにウルトラマンの姿が見えるカットなんかはその最たる例ですね。正直、ストーリー的にはウルトラマンが巨大である意味を感じないものも多いのですが、特撮の演出がその部分を大きく補っていました。

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 単にノスタルジーに浸るだけではない。昔ながらの手法を何故今受け継いでいくのかという点に関して、模索を続けながら進化してきた。それがウルトラと、ひいては特撮というジャンルの人気が継続している一つの要因ではないかと思うのです。

魂の継承

 昨年の『劇場版ウルトラマンジード』までは、ミニチュアへのこだわりを全面に押し出していた一方で、作品の見せ場としてCGを活用する姿勢はあまり見られませんでしたよね。というか、次なる挑戦のためにあえてやっていなかったのではという気さえしてきます。

 それだけに今回の『劇場版ルーブ』で登場した、CGのみで表現されたウルトラマングルーブには度肝を抜かれました。市街地のビルにグルーブが突っ込むシーン、CGと実写が文字通りの融合を果たしています。ニュージェネシリーズで積み重ねてきたミニチュアの技術と、新しい映像表現の見事なハイブリッド。あえて従来のスーツのジードとグルーブを並び立たせたところなんかは、VFX担当として参加された神谷誠監督とスタッフたちの「これでどうだ!」という意気込みが映像からあふれ出ているようでしたね。凄いです。

 映像の精度としては、もちろんまだ改善の余地があるとは思います。とは言え、『ネクサス』の頃のフルCGウルトラマンも、もっと言えば1954年の『ゴジラ』で、人が中に入る着ぐるみで怪獣を表現したことも、あの頃はとてつもなく大きな挑戦だったはずで。今の円谷にも、その魂がきちんと継承されているわけですよ。特撮ファンとして、胸が熱くならずにはいられないじゃないですか。

「百年前、初めて人が小さな飛行機で空を飛ぼうとした時も、初めて人が宇宙を目指そうとした時も、やっぱり誰もが夢物語だと言った。実現するまでは、いつも夢物語だったんだ」

 

『ウルトラマンコスモス』第14話「時の娘(後編)」より

 『コスモス』第14話の名台詞を思わず引用してしまいました。今、誰もが夢物語だと思っているような映像表現が何年後かにはもう実現しているかもしれない。今回の『劇場版ルーブ』を見ながら、僕はそんなスケールの大きな想像までしてしまうのでした。