……ということについて、最近少し、ほんの少し悩んでいます。
このブログも細々と続けてきて、今年で6年目を迎えます。そして当然ながら6年前と今とでは、僕の生活も息子の環境も色々と変化してきておりまして。
まず単純に、ふたりとも6つ歳をとっている。ギリギリ20代だった僕は「アラフォー」目前に。ピチピチの保育園児だった息子は今年の春から小学3年生になります。
ブログを始めた頃は3歳児との暮らしがあまりにも刺激的で、毎回記事を書くのが楽しくて仕方なかった記憶があります。もちろんブログが楽しいのは今も変わってはいないのですが、もっとこう、近所の大人同士が偶然集まったときに始まる井戸端会議的に、「この間、うちの子とこういうことがありましてねえ」と、周囲の目をそこまで気にせず開けっぴろげに書けていた気がします。
それはやはり、息子がまだうんと小さかったからです。まだ「自我」というものが芽生え始めたばかりの子供だったからです。
今の息子は、僕が書いているブログの内容など知らないでしょうが、最近はブログを書くときに「これをネット上に公開してもいいものか?」という心理的な引っかかりがどうしても拭えない。
「僕が忘れたくないこと」と、「小学生になった息子が記録されたくないこと」。この2つが段々重なってきているような気がするのです。
例えばこの記事。
息子が空手の練習をサボっている……わけではないのだけど、居残り練習をしたがらないせいで周りと実力差が開いてきていて、それを見て親の僕がちょっとモヤっているという話でした。
まあ、これも正直、下書きのままにしておこうかちょっと迷ったんですけどもね。
だって息子からしたらこんなの、大きなお世話だと感じる可能性、決してゼロではない。僕が小学2年生の頃に例えば親父がこんな文章を書いていて、インターネットの海に流していたらどう思うだろう。もしかしたら、「恥ずかしいからやめて!」と言ったかもしれない。ネットの仕組みを理解出来ていたら、少なくとも個人が特定されかねない内容については拒否反応を示していたと思います。
もちろん僕も、その辺りの目配せはきちんとしているつもりではいます。
彼の名誉を傷つけたり、プライバシーを晒したりといったことについては絶対無いように最大限、気をつけてはいる。しかしながらトピックの中心に息子がいる以上、そして彼が一人の人間としてこれから少しずつ自立していく以上、そこには「本人からの許し」がいずれ必要になってくるのも事実です。彼に「やめて」と言われたら、僕にそれを突っぱねる権利はありません。
だからそろそろ、息子には「パパはこういうブログを書いていてな……」と諸々の事情を直接説明してみるのもありかなと思っているのですが、どうでしょうね。
一方で、最初に言ったような「大人同士の井戸端会議」的な視点……もっと言うと「ヒソヒソ話」に近い感覚で自分の感じたことを書き残しておきたい、そしてそれを誰かに読んでもらいたいという欲も少なからずあって。
まあ僕はそんな育児と言えるほどのことはしていませんけど、息子の成長とか変化って本当に面白いんです。もう無限に面白い。それは彼が中学生になっても高校生になっても、その都度その都度、絶対に面白いし、僕にとって忘れたくないことなはずなんですよね。そしてこのブログを「息子の成長を綴るウルトラ備忘録」と銘打っている以上、息子に関する面白いことは誰かと共有したいし紹介もしたい。自分だけしか見られないノートか何かに書くというのもどうだか……せっかくなら「こんな面白いことがありました!」って誰かに言いたいのが人間の性というものです。
じゃあ「ブログを書く度に息子を呼んでその内容を確認してもらうのか」って話なんですけど、そういう育児や家族に関するエッセイなりブログなりを書かれている方たちは、その辺りは一体どうされているんでしょう?
息子の成長ぶりもブログを書くことも、やっぱり同時に面白い。でもネット上に公開することのリスクや責任も頭の片隅にはある。こんな場末のブロガーが気にすることじゃないのかもしれませんが、いつまで書き続けるか悩んでいます。
あ、ちなみにこちらは記事とは全く無関係の写真。
「ゼットンを1ミリ秒で殴り飛ばしに行くウルトラマン」をうちのきったないリビングで再現する息子です。ね、おもろいでしょ?(笑)