僕が僕であること(仮)

ウルトラマンが大好きな9歳の息子とのウルトラ備忘録です。

「のんある晩酌」を覚えて人生の幸福度が少し上がっている話

 

 突然ですが僕、体質的にお酒が飲めない、いわゆる「下戸」というやつでして。

 

 で、その「お酒が飲めない」っていうのが結構長い間コンプレックスだったんですね。お酒そのものを飲めないことよりも、どこへ行っても「下戸」というカテゴリーに自分が自動的に振り分けられてしまう窮屈さ。そのことで、例えば飲みの席でも変に気を遣われたり、お酒を飲めていたら、もしかしたらあったかもしれない出会いや発見を逃してきている実感があって。

 上司や友人にふいに訊かれる「お酒、飲めます?」に、「いや、実は僕、下戸でして……」と答えるあの瞬間。自分は何も悪くないはずなのに、何故か他人をがっかりさせてしまっているようなあの不思議な罪悪感。そのせいで、日本の「飲み会文化」そのものを嫌悪するようになってしまいました。

 

 ただ、それが最近になってちょっと事情が変わってきましてね。

 相変わらずアルコールは受け付けないんですが、「のんある晩酌」というのを覚えたんです。一日の終わりを、ノンアルコールのレモンサワーと少々のおつまみとでシュワっと気持ちよく締める。

 ああ「これ」か、と。アルコールは摂取していないけれど、世の中のお酒を嗜む人たちの気持ちが余は34歳にしてようやっと分かったような気がして、今、自分の中の「人生の幸福度」が確実に上がっているんです。

 

 

 

 

 ちなみに「のんある晩酌」は嫁さんが教えてくれました。嫁さんは僕に比べると普通にお酒、飲める人です。

 ある日の夜。僕が風呂上がりに何か飲むものはないかと冷蔵庫を開けたら、最初に目に飛び込んできたのが嫁さんが買いだめしていたノンアルのレモンサワーだったんですね。

 

 「あ~、それノンアルやし飲んでみたら?」

 

 「ノンアルと言っても、これはお酒コーナーに置いてるあるやつ……お酒がダメな自分に果たして飲めるのか……」嫁さんの一言に多少の抵抗はありつつも、「アルコール0%」というワードを信じて飲んでみることにしました。

 すると、これがなかなかに美味しい。いや、美味しいというよりも「気持ちがいい」と表現したほうが適切かもしれない。普段飲んでいる炭酸のジュースとも何か違う、これまでに無かった爽快感を味わうことができて。

 

 その爽快感を、自分なりに紐解いてみました。

 まずは「アルコールがゼロならカロリーもゼロ」という点。

 「カロリーゼロ」この魔法の6文字が持つ迫力と圧倒的な説得力。今までお酒どころか「お酒的なもの」すら口にしてこなかった僕に、「これなら飲んでもいっか」と思わせてくれるパワーがありました。こんなに背徳感のありそうな飲み物が実はカロリーゼロ!美味しい飲み物を身体に躊躇なく流し込める。この気持ち良さ。

 

 2つ目は「おつまみ」の存在。

 僕は子供の頃から「柿の種」が大好物なんですが、大人になってからは「これを酒のあてにポリポリかじれたらどんなに幸せなんだろう」なんてことをぼんやりと考えて生きてきた気がします。僕は下戸であり、当然晩酌なんてものも全くしてこなかった。

 しかしそれが今、僕はノンアルで晩酌することの楽しさを覚え始めている……!大好きな柿の種をザーッと口に入れて頬張り、それをレモンサワーで溶かすように体内に染み込ませていく。ああ、これぞ至福の時。

 スーパーに行っても、これまでなら見向きもしなかったおつまみコーナーに自然と足が向くようになり、で、またそのおつまみのまあ美味そうなこと美味そうなこと。柿の種以外にも、世の中にはこれだけの種類の「酒のお供」があることを知り、僕の一日の締めが一気に彩られていくようで心が踊りましたよ本当に。

 もちろんお酒コーナーで更に自分好みのノンアルを発掘する楽しみも見出していて、買い物ひとつ取っても世界が広がった感じがあります。スーパーのドリンクコーナーで、はたまたあらゆる飲み会の場で、一目散に「烏龍茶!」と宣言していたあの頃の自分とはもうおさらばなのだ……!

 

 3つ目は、ノンアルとはいえ「『晩酌』をしている自分」へのちょっとした優越感。これがたまらない。

 最初にお話した「お酒を飲めないコンプレックス」は、そっくりそのまま「年相応の大人になりきれていないコンプレックス」でもありました。

 だからこうして、嫁さんとなんてことのない話をしながら、おつまみを広げて「お酒(的なもの)」を口にする……目線の先には子供が好きなことをして遊んでいるという風景。「おっ、俺、大人……!」と悦に浸れるあの時間が待っているというだけで、僕はその一日を精一杯頑張れる気がする。

 

 

 

 ……なんかあれですね、今日の記事、時間が経てば経つほど読み返すのが恥ずかしくなる、いわゆる「黒歴史」と化していきそうな気が今からしています。だって、30代も中盤に入った男がノンアルで晩酌することを覚えてウキウキワクワクしてるのって……なんかねえ(笑)。

 

 あっ、でもあとひとつ、これまでしてこなかった「親父と一緒に呑む」っていうのもこれからは出来そうで、それは「のんある晩酌」を覚えたことによる最もポジティブな変化かもしれないです。

 僕が20歳になるかならないかの頃、自分の息子が下戸だと知ったときの親父のちょっと寂しげな表情が未だに忘れられなくてですね。親子で一緒に呑めない後ろめたさがずっとあったんですけれども。今度、僕の方から声かけてみようかな。「一緒の呑まない?俺ノンアルだけど」って。