僕が僕であること(仮)

ジードとルーブが大好きな4歳の息子とのウルトラ備忘録です。

~さよなら平成~いつまでも「新しさ」を象徴する言葉として

今週のお題「平成を振り返る」

 昭和63年生まれの僕にとって、自分が体験として知っている唯一の元号だった平成。その平成も、いよいよ終わろうとしています。意外と、寂しいものですね。

 僕は単純に「へいせい」という言葉の響きが好きでした。「しょうわ」は何かもっちゃりしてるけど、「へいせい」は新しくてクールな印象。漢字もいいですよね。本当かどうか知りませんが、小学校のときの先生が「『平和が成り立つ』」で『平成』なんだよ」と教えてくれたのが今も頭に残っています。確かに平成の間、少なくとも日本と外国との間で武力による戦争は起きなかった。そういう意味では、激動と称された昭和とは明確に違う時代だったんだなと感じます。

 平成○○年の○○が、そのまま自分の年齢でもありました。テレビでは、来るべき令和の時代に備えて平成の間に起きた出来事を振り返る特番が増えてきましたが、話題が変わる度にその時の自分の年齢がすぐに分かってとても便利。阪神大震災、当時僕は西宮市に住んでいて揺れた瞬間もはっきり記憶にあるのですが、あれはまだ7歳になる前だったんだ。

 

元号にこだわっていた僕

 小学生の頃から、自分が「平成」という時代に生きていることは結構意識していた気がします。何故だか分からないけど西暦表記よりも元号表記が好きで、小学校の卒業証書も生年月日のところを「1988年」から「昭和63年」にわざわざ変えてもらったほど。同級生に昭和生まれと平成生まれが混在している世代だったので、余計にこだわりたかったのかもしれません。

 自分がおじいちゃんになる頃は、少なくとも平成の次の元号にはなっているだろうから、孫には「3つの時代を生きた偉大なおじいちゃん」として胸を張れるなと想像したりもしていました。今思えば、死んだ祖父は大正生まれでまさに3つの時代を生きた人でしたから、無意識のうちに憧れていたのかなぁ。

 でも今は、平成生まれの親戚から「え、昭和生まれなんですか?!」みたいに驚かれたりして、昔の人呼ばわりされるのがちょっと抵抗あるかもしれない。2つか3つしか違わないのに、生まれたときの元号が違うからって線引かなくてもいいのに。ああ、こうして僕も扱いにくい大人になっていくのか…。

「改元」という共通体験

  昭和が終わる頃は、テレビから何から日本全体が自粛ムード一色だったとか。街は静まり返り、学校は休みになり、レンタルビデオショップからはあらゆるビデオが貸し出し中になったなんて話もよく聞きます。

 そういう、国全体がひっくり返るような共通体験を、僕よりも上の世代の人たちはしていたんだ。直接知らない人間からすると、ただただ思い出話として聞くしかないのが悔しくて仕方がなかったですね。だから、平成はどんな風に終わっていくんだろう、僕もそんな「世界が変わる瞬間」に立ち会えるかもって、楽しみにしていた面もあって。

 今回の平成から令和へ時代が移っていく過程は、前よりとても機械的。事務的にもずっとスムーズで、自粛ムードもなく、ある意味理想的な改元とも言えます。ただ、僕のようなタチの悪い野次馬にとっては、そんな段取りをきっちり踏んだ改元に物足りなさを感じずにはいられない。なんかもっとこう、皆で何十年も語り合えるような驚きや強烈な思い出、空間を共有したかったな、と。「5月1日から令和になります」って前々から決まっているなんて、ハッピーニューイヤーと大して変わらない。そんなのつまんない。

「新しさ」を象徴する言葉として

 僕の30年と少しの人生は、まさに平成と共にありました。

 時代の移り変わりということで言えば、大好きな特撮の話もしたい。平成ゴジラ、平成ウルトラマン、平成仮面ライダー。新時代の幕開けを象徴するように、ヒーローの名前の前に元号がつくようになったのも平成という時代の特徴ですね。これからも平成のときと同じように、令和ウルトラ、令和ライダーなんて呼ばれ方をされるようになるのでしょうか。平成ジェネレーションズは、令和ジェネレーションズ?やっぱりまだ違和感が拭えない(笑)。

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 多分、令和という元号に違和感が無くなっても、僕の中で平成は「新しさ」を象徴する言葉として残っていくのだろうと思います。

 子供の頃に映画館で見たゴジラは、昭和のゴジラとは違う一番新しいゴジラで、それは当然のように平成ゴジラと呼ばれていた。中学生の頃に見た平成ウルトラマンや平成仮面ライダーは、作品の中でヒーローという存在そのものへのクエスチョンを提示し、ヒーローものというジャンルに新しい価値観を提示した。

 自分自身の成長と歩幅を並べるように時代がどんどん進化していく様を、僕は特撮を通じて目の当たりにしてきました。それぞれ作品は違えど、まるで地続きの物語のように連続性を感じることができたのは、平成の2文字が単なる元号ではなく、一つの時代を表す単語として重要な意味を持っていた証だと思うのです。そしてその意味を知ることができるのは、令和に誕生するであろう新しいヒーローたちと出会った後なのかもしれません。

 ちなみに僕の息子は平成26年生まれ。令和と、その次の元号も体験できるかな。彼にとって「平成」が、僕の思う「『新しさ』を象徴する言葉」としてインプットされることは恐らくないのでしょうね。平成を生きた昭和生まれの人間として、それは少し寂しい現実だったりします。